一度あったことは忘れないものさ。
ただ思い出せないだけだよ
5月9日(日)母の日。「母の調べ」を最も大切にする「内観の日」とも言うべき日に5月の内観懇話会は開催されました。今回は兵庫県内で高校の教師をされておられますNさんに遠路ご足労いただきました。
Nさんが集中内観を受けられるきっかけは息子さんのことがあったからだそうです。
「息子は私と瓜二つで、良い子なのですが我儘で自己中心的なところがありました。遠くの大学に行ったので、妻が心配してメールを送るのだけれども、ほとんど返ってきません。その時、息子の恩師で白石豊先生というメンタルトレーニングを専門にやられている先生がおられて、その方の勧めで息子が米子内観研修所に行くことになったのです」
「集中内観に行って息子は本当に変わりました。私は教師で生徒を変えるために説教したり怒ったりするけど、それほど変わらないから『息子もそんなに変わらないだろうな』と思っていたら、とっても変わったのです。『ありがとう』も言えるようになったし、メールもすぐに返ってくる。内観は教育的な要素もたくさんあるのかなと思いました」
そして、息子さんの次に奥様が行かれました。その奥様の勧めでいよいよNさん御本人です。
「英語を教えてまして『どういったら上手く教えらえるか?』という論文を書いていたのですが、『記憶』の問題に関心があったので内観でヒントをもらえるかな。それから、私は父親が高校生の時に亡くなったのですが、その時にあまり悲しく思えなかったのです。『何であれほど疎遠だったのだろう?愛されていなかったのかな?』とずっとひかかかっていました。そのような人間関係の修復も内観で出来るのではないかと聞いていました。後は、子どもの教育の問題ですね。『どうしたら子どもって変わるのかな』と。色んな要素が重なりましたね。一週間ってとても持たないと思いましたが、妻と息子から『きっと号泣するで』と言われていたので、ちょっと楽しみにしていたのです」
それで12月の年末に米子内観研修所にて7泊8日の集中内観に臨まれたのです。
「最初は母親との出来事を思い出して、『こんなことあったのかな』。三つの答えが見つかったら、ほっとして、のんびりしてしまいました。2日目になるとちょっとそのサークルに飽きてきて、思い出したら終わりでした。次のテーマである父親が始まると新しいことなので、それなりに思い出したら、また休憩(苦笑)。出来事を思い出しているだけという感じでしたね」
「父親が終わって『次は何だろう?』と楽しみにしていたのに、『また母親を調べて下さい』と言われて愕然としました。『あれ以上何を思い出すの?』二回目になると思い出す期間もだんだん短くなって、詳細に思い出さなくてはいけませんよね。昔やったエクササイズの時もそうだったのですけど、一つの出来事をきっかけにズルズルと思い出せるようになってきました。二回目は感覚的にイメージが出てきて面白くなってきたのです。それから、大人になったら今の自分から考えてみると、母親はこのように思って接してくれていたのだ、お世話になったなというのは強くなってきたのです。でも、40歳過ぎてくると、同じパターンで飽きてきてしまいました。上下していましたね」
集中内観に入られて、母に対する自分、父、それから二回目の母、二回目の父を調べます。
「二回目を調べていましても、父親の記憶があんまりないのですね。『何があったのかな』全体的には「お世話になったなあ」という感覚は前よりはあるけれども、その程度で推移していました」
「四日目になって、嘘と盗みを調べる頃には自分の人生の記憶がしっかりしてきました。ただ、自分のネガティブなところを見つめないといけないので、あまり楽しい感じではなかったですね。『自分を見つめないといけないのかなあ?このまま一週間いないといけないのかな?きついなあ』という感じですね」
その時、奥さんと息子さんの言葉が蘇ったそうです。
「五日目の後半にふと、『あいつら、泣くって言ってたな?いつ泣くんや?絶対泣かんわ』と思っていたら、妻のことを調べることになったんです。新婚時代は楽しくてハッピーだったなあ。その楽しい時にお風呂の時間になって、一時間で20分入りますから、その時、とても損したような気がしたぐらい、とても楽しく思い出せました。」
そしていよいよ六日目、七日目に入ります。
「朝起きて、トイレの掃除をしました。そして、最初の面接で報告しようとしたのですが、それが今までよりもかなり高いレベルで、自然に感傷的になるというレベルですけれども、非常に感性的になってポロポロっと泣けてきました。ジワッっと目がウルウルするぐらいです。その後に、子どものことを調べたのですが、色々としたこともあったし、非常に肯定的で、ポジティブに思い出せましたね」
「翌日の朝に非常に驚くことがありました。周りの人のことを調べている時に、朝起きて突然、父のことを思い出した。父は大学の先生で一生懸命勉強をしていて、40代半ばに博士号を取得しました。そこから釣りをするようになったのです。うなぎを釣るシーンでした。ちょっと釣りを始めた時に僕を連れて釣りに行ったのです。一回目でも二回目でも思い出していてそれは三回目のシーンでした。
大きな河の橋の下で親父がゴムボートを浮かべていました。雨で増幅した川に浮かべて釣りをしていたのです。私が父親として自分の子どものことを思い出した後だったからかもしれませんが、その時の心象風景が今の僕に入って行ったような気がしたのです。
子どもの時は訳が分からない父親でした。でも、その時に初めて、(私が自分の子どもにしたような)気持ちを持って親父は連れて行ってくれたのだなということが分かりました。すごく号泣しました。屏風の横にティッシュペーパーがありました。これは涙を拭くように置いてあるのですね。『ああ、そうだったのだ』と思いました。本当に内観に来て良かった。父親と和解出来たような気がしましたね」
「子どもの時だから分からなかったけれども、そうだったのだなあ。父親のことを思い出そうとして思い出したわけではなくて、六日目の朝に思い出したわけです。天の啓示だと思いました」
七日目の朝に深い気付きを得たNさん。さらに集中内観は続きます。
「周りの人のことを調べていると、学校でやっていることは『共同作業』であって、全てお互いに与えあっていることに気付きました。そのようなことだったのだと。意識の高いところで感動しました」
「身体に対する自分を調べて、最後に母になりました。とても嬉しかったです。母の姿がもうちょっと出てきてほしかったですから。子どもの頃から出てくるようになりました。母が割烹着をしていたことをはっきりと思い出しました。それから、私が幼稚園の黄色の帽子をかぶって母と手をつないで、バスを待っているシーンがカラーで思い出せたのです。芸術と言いますか、すごいことでしたね。そして、風呂場で最後に親父と入っていたシーンがありました。親父の背中を自分が流していて、最後の一日はとても良い時間を持てたと思います」
そして、一週間を終えて直後の感想です。
「純粋な記憶ではないのかもしれないけれども、内観によって記憶が生き生きと動き出す感じでした。記憶というのは脳が作り出しているのですね。非常に高揚した時間でした。一週間終わって、直後の変化はとにかく心のイライラを全て流し去った感じです。研修所を退所してお昼をいただいた喫茶店でも、美味しくいただけたし、従業員の方に『ありがとう』と心から言えましたね」
米子での充実した一週間の集中内観を終えられたNさん。それから日常に戻られた時のことも語ってくださいました。
「三カ月ぐらいはすごく高揚していました。職場に帰っても、今までは『誰かするやろう』と思っていたけれども、自分から動くようになりましたし、積極的、意識的にするようになりました。特に、『誰のものでもない仕事』が出来るようになったのは自分でも成長かなと思います。誰かがしなくてはいけない仕事で、誰がやらなくてはいけない仕事というのは、基本的に生徒はしないのですが、そのようなことを積極的に出来るようになりました」
「三カ月を過ぎまして、それからは無理して積極的に動くことはなくなりましたけれども、残ったものはありましたね。先程の1.誰のものでもない仕事ができるようになったこと、2.家族や生徒に対して、私がいらついたり、むかついたりすることがあったら、『あの時(内観を受けた時、その直後)はそのように思わなかったよな。ちょっと考えなおそう』と、風呂に入ってちょっと考えてみようということをすると、むかつきとかいらつきが消えていくことが出来るのです。あれは良かったですね。『あれ、まてよ。あの時にそのように思わなかった』『その時はあの人はこのように考えているのではないか』『自分がちょっと悪いのかな』と、自分で対立感情をうまく抑えるようになりましたね」
「自分の授業に対するリフレクション、振り返りが出来るようになりました。例えば、ある内観のテープによると、『自分が出来るはずだったのに、やらなかったことがご迷惑になるのだ』ということを聴いて、『これは難しいから時間がかかるので飛ばしてやろう』とした時に、後から振り返ってみると、自分が出来るはずのことをしなかったので授業が上手くいかなかったと思えるようになりました。生徒一人一人に長く時間をかけるようになった。確かにしんどいのですけれども、良かったと思います」
最後に、内観を教育現場にどのように生かしているかを報告していただきました。
「内観は非常に、方法論がシンプルなので、教育現場に生かせないかなと思いました。説教で人は変わらないですし。自分で気付くことで変わっていくのですね。ある時、中学生のところにお邪魔して、『内観のホームルームやりましょう』ということになりました」
「まず、『千と千尋の神隠し』の話をするのです。そこに『ゼニーバ』とお婆さんがいます。主人公の千(千尋)が珀(琥珀)という少年を助けるためにゼニーバに会いにいくというシーンがあります。その時に、千が『珀とあったような気がする』と言うのです。それでゼニーバが言うのですね。『一度会ったことは忘れないものさ。ただ思い出せないだけだよ』と。そのシーンを流して、『人間と言うのは昔のことは思い出せるのだよ』と生徒に説明するのです」
「そのシーンは千が竜である珀の背中に乗りまして、小さい時に自分が溺れて助けてもらった川を思い出すのです。『あなたの名前は琥珀川』というと魔法が解けるシーンですね。それで、『記憶というのは絶対に思い出せる。だから、小学校低学年のことを先生と一緒に思い出してみよう。一人一人が思い出せる人を選んで。その人に対して、自分が?お世話になったこと?して返したこと?迷惑をかけたこと、の3つを考えてみて下さい』という授業をしたのです」
「私が体験した集中内観のような高いレベルの気付きをしてくれたら子ども達は変わると思うのですけれども、一週間内観に行くのは難しいですよね。だから、何回も何回も繰り返ししたらそこまでいけるかなと考えました。やってみたら思ったよりも、一生懸命やってくれて『ああ出来そうだな』という手ごたえがあります。対象はやっぱりお母さんが圧倒的に多いですね。後は大学でも『内観をして思い出したことを英語で書きなさい』という授業を十週間やりました。『家族と過ごす時間を大切にしたい』『自己分析をするのに使えそうだ』という感想がありました。大学生はもう少しやれそうですね」
Nさん、貴重な内観体験談を本当にありがとうございました!