2010年9月アーカイブ

-内観懇話会・特別講演会(7月)印象記-

 

大麻豊先生(トラベルミトラジャパン)「父母恩重経のインド」前半

 

父母の恩重きこと 天の極まり無きが如し!

 

講演される大麻豊先生(トラベルミトラジャパン)7月25日(日)真夏の猛暑の中、内観懇話会では初めての講演会を行いました。今回は渡印200回以上というインドオブザインドのトラベルミトラジャパンの大麻豊先生にお越しいただきました。(*前半と後半の二部に分けてご紹介します)

 

 最初に講師の方からこの講演会を開催するきっかけをご説明いただきました。

「某内観研修所の某指導者の方からお話をいただきました。近くにいる人なのですけれどもね(笑)その方は次のように仰っていました。

『今は若い人を中心に「自立」とか「一人で生きる」とかの価値観が高まっているものの、その内容は乏しいのではないか?という感じがします。内観の指導をしていると「私、親に迷惑なんてかけていません!」と露骨に言う人は少ないですが、あんまり感じていないというか、感じ方が分からないのかな?ということがしばしばです。内観に入る前に、「自分がいかに親不孝者であったか」を探ってみる作業が必要でして、それが結果的に自分がとらわれているものからの解放につながっていくように思います』

 ということで今回のお話をいただいたわけです。内観ですので、内観にふさわしいお話をさせていただければなと思い、かつインドに関わりがないといけませんので、『父母恩重経のインド』というテーマで今日はお話させていただきます」

 

●『父母恩重経』とは?

「『父母恩重経』は『父母』ですね。これは『ぶも』と読みますが、父母の恩は重いですよ、というお経なのです。お経というのは大体、インドで出来たものです。お釈迦さんが説かれたものを色々と解釈して物語風に書かれたもので、大乗仏教で作られたものです。この『父母恩重経』は中国で作られたものではないか?という説があります。私も多分、中国で作られたものであると思います。しかし、このお経の中に説かれている教えは、インドも中国も日本もあまり関係がない共通したものだと思いますし、ここに流れている精神はインドでも通用するものだと思います」

 それから参加者の皆様と共に『父母恩重経』を読み合わせ、大麻さんの説明が随所に入ります。

「男女は、お父さんには慈恩があり、お母さんには悲恩があるわけです。なぜならば、皆さんが生まれたのは、過去の行為を原因として(宿業)色々な世間の条件、過去の行為、結果として、お父さんとお母さんが出会って、我々が生まれたのです。だから、お父さんがいなかったら生まれなかった、お母さんがいなかったら育ちはしなかった、ということになりますね。お父さんの精子を受けて、その形をお母さんが受胎するわけです。お父さんとお母さんが偶然と言いますか、とにかく出会いまして、自分が生まれるということは、世間のどこにでもあるということはないわけです。同じことが起こるということはないわけです」

 

出産から誕生

受胎してから10カ月間、歩いたり座ってたりする時でも、お母さんはいたく苦しみを受けるわけですね。お腹が大きければ歩くのは辛いし、色々な苦悩が出てくるわけです。そして妊娠中は好きな食べ物とか、衣服を求めるという感情が生じることがないわけです。十月十日経ったらいよいよ出産なわけですけれども、その時は関節とか色々なところが痛くなりますし、脂汗が出てきますし、その苦しみというのは耐えがたいわけです。それを見ている旦那さんも、自分は産まないのですけれども、自分の妻がそのように苦しんでいるのを見て、出産というのを重く感じるわけです。そして、そのお母さんと産まれてくる子どもを心配するわけです。それはお父さん、お母さんだけではなくて、周りにいる人達も悉く心配しているわけです」

 

育児の困難

「赤ちゃんはお母さんの懐に潜り込むと安心していることが出来ます。膝の上で遊ぶことも出来ますし、食べ物というのはお母さんのお乳なわけですね。何か食べ物が欲しい時はお母さんに食べさせてもらいます。飲む時もそうですね。寒い時もお母さんに着せてもらいます。『お母さんじゃなければ嫌だ!』というのはよくありますね。お母さんにしてもらうとちゃんと着られますが、他の人が着せようとすると『嫌だ!嫌だ!』と駄々をこねるわけです。また、お母さんでなければ脱がないわけです。そして、母親というのは飢えている時でも子どもに乳を飲ませる、ということが書かれています。『母にあらざれば育てられず』とありますが、その通りですね。お母さんだからなんですね」

 

●共働きの苦労

「私が生まれたのは但馬地方でして、元々、杜氏の村だったのですね。杜氏というのは酒を造る職人です。冬の間は杜氏(酒造り)に出かけるのです。ところが私の親父というのは酒が飲めなかったのです。(笑)だから、他の出稼ぎに行ったわけです。戦前は大阪に働きに出たのですけれども、母親と姉は戦災がありましたから村に帰ったのです。村から出てしまっているわけですので、自分達の田畑というのはないのです。そうしますと、母親はどこか他人の畑の手伝いに行くわけです。子どもが小さいから母親は心配です。子どもはお母さんがいないわけですから、『お母さんが手伝わされている!』って駄々をこねるわけです。最近は保育園がありますから、そのようなことはないかもしれませんけれどもね。やっぱりお母さんは子どもが心配ですし、お母さんが帰って来るということになると、子どもはそれを見て飛んで行くということがありますね」

 

●幼児保育の苦労

「村にいますと集会がありますし、葬式も結婚式もあるわけです。そこにお父さんとお母さんが出て行きますと御馳走が出てくるわけです。そうすると、『うちで子どもが待っているかもしれない』と思って、残して少しでも持って帰ろうとするわけです。しかし、十回の内で一回ぐらいはやっぱり持って帰らないこともあるわけです。子どもは駄々をこねます。『食べたかったのに!』と父母を責める。よく考えてみますと、皆さんも体験されたかもしれませんね。内観をすれば必ず、出てくると思います。忘れたけれども、実際に思い返すとこのようなことをしているわけですね。お母さんに駄々をこねます。『なんで今日は美味しい物を持って帰ってきてくれなかったの!』とね」

 

少年期の育て方

「ある程度成長してきますと、友達と遊ぶようになるわけですね。そうなるとお父さんとお母さんはまともなものを着せようとして、散髪をして体裁を整えて、きちんとした服を着せるわけです。自分は着ないで、新しいものは子どもに着せて、お父さんとお母さんは古いものを着ます。皆さんもそのような育て方をされてきたのではないでしょうか?すっかり忘れていますけれどもね」

 

●新婚期の薄くなる親子関係

「妻を娶ったら、お父さんとお母さんを疎遠にしてしまいます。夫婦は仲が良くて、二人で自室に籠って語り合いますけれども、両親とは接する機会がなくなってしまいます。むしろ、避けるようになってしまいます。そのようなことはないですか?これは今でもそうですね。夫婦ですから仲良くするのはいいことかもしれません。しかし、親の方から見ればどうなのでしょうか?」

 

●老齢期のわびしさ

「年を取ってきますと、力が衰えてくるわけです。そうしますと、自分では歩けなくなったり、病気をしたりするわけです。そうなりますと、誰を頼りにしたらいいのか?と言いますと、我が子しかいないわけです。我が子又は我が子の妻になるわけですね。しかし、夫婦共に朝から晩まで一度も来てくれません。会いに来てくれないわけです。これは昔もそうですし、今もそうですね。段々とお父さん、お母さんの侘しさが募ってきます」

 

●一人身の孤独感

「お父さんとお母さんのどちらかが先立ってしまいます。そうしますと、今まで夫婦で寝ていた所に一人でポツンといることになります。自分の家なのですけれども、旅をしている人が旅館に泊まるような、何となく味気ないものになってしまうわけです。しかし、隣の部屋では息子夫婦が談笑しています。自分にはそのようなことはありません。布団に入りますと、冷たく感じます。身体が段々と動かなくなってきますと、ノミやシラミというものがわいてくるわけです。布団も干せなくなりますから。朝方まで眠れなくなってしまいます。そうしますと、幾度か寝返りをしまして、独り言を言うわけです。『何で、私がこんな目にあわなくてはならないのか...』孤独を感じるわけですね」

 

老親いじめ

「年老いた親をいじめることになるわけですね。何か用事がありまして、『息子よ!来ておくれ!』と言って呼びますと、息子が飛んで来て、怒るわけです。そして、息子の嫁も、孫も共に『おじいちゃん、何やっているの!』『おばあちゃん、うるさいな!』と言うのです。息子と妻が一緒になって親をいじめるのです。そして、何回か呼べば来るのですけが、『何なにをしてほしい』と頼みますと『うるさいな!何で俺がしないといけないんだ!』というのです。これは『年を取って生きているよりも、早く死ね!』と息子が言うのと同じですね。『親なんか早く死んだ方がいい』ということを言う子どももいるわけです」

 

●老親の嘆き

「『早く死ね!』と言われて、それを聞きますと親は嘆くわけです。子に対して怨念を持つわけです。涙が止まらないわけですね。目がくらんで、心惑って、悲しくて仕方がないわけですね。『お前は私がいなかったら誰が養ったのだ...。私がいなかったら誰が育てたのだ...。昔を顧みず、こんなことを言うのか。私はお前を産まなければ良かった』ということです。老親の嘆きです。これは今でも身近にあるかも分かりませんね」

 

 一人身の孤独感、老親いじめ、嘆きと、現代社会でもたくさん起こっているような話が続いていきます。このような子どもはどうなるのでしょうか。お釈迦さんはどのように説かれているのでしょうか。

 

人心から堕ちる子

「もし皆さんの中に、お父さんとお母さんに対してこのような言葉をいったとしたら、それは地獄に堕ちるわけです。地獄、餓鬼、畜生に堕ちるわけですね。この世界は仏教の中では何か別の世界が在るわけではありません。私達の心の中に在るわけです。お父さんとお母さんにそのような言葉を発していれば、その人は既に地獄に堕ちているわけです。餓鬼、畜生になっているわけでして、人間ではないわけです。そのような人間を仏様も神様も仙人も救いませんね。父と母の恩と言いますのは、天の極まりがないのと同じ無限のものであるということです」

 

●父母から授けられた十の温情

 

一には懐胎守護の恩

二には臨床受苦の恩

三には生子忘憂の恩

四には乳哺養育の恩

五には廻乾就湿の恩

六には洗灌不浄の恩

七には嚥苦吐甘の恩

八には為造悪業の恩

九には遠行憶念の恩

十には究竟憐愍の恩

 

「次に『父母から授けられた十の温情』とあります。『善男子、善女人、別けて之を説けば、父母に十種の恩徳あり、何かを十種となす』これは、お父さんとお母さんから受けた恩というものは、十種ありますということを仏様が仰るわけです」

 

「1.妊娠して生まれるまでにどれほど苦労しているか?十月十日のお母さんの大変さと、それを心配しているお父さんの大変さです」

「2.出産する時の苦しみですね。子どもを産むということは大変なことでして、身体も痛くなりますし、心配ですし、場合によっては亡くなってしまうこともありますね。出産というのはそれぐらい大事なことですね」

「3.子どもが産まれると苦しみが無くなってしまう、苦しいのを忘れてしまうわけです」

「4.お母さんの顔が花のような奇麗な顔をしておられるのに、子どもを産むとお乳も必要だし、肌も荒れてきます。我が身を削って育てるわけですから、容姿も崩れていくというわけですね」

「5.子どもを育てる時に湿ったところに赤ちゃんを置かずに、乾いたところに置くわけです。自分は湿ったところで横になるということです。それぐらい子どもを育てるのに注意を払っているのです」

「6.赤ちゃんは自分でトイレに行くことは出来ませんので便をしてしまいます。服を着ているのにお漏らしをしてしまうわけです。母親というのはそれを奇麗にして、臭いが無いようにしているのです」

「7.食べるものは毒なのかどうか分かりませんので、一旦口に含んで、甘かったら子どもにあげて、苦かったら自分で飲み込んでしいます。赤ちゃんに悪いものは与えないということです」

「8.子どもの為だったら、子どもを守るためだったら、罪でも犯してしまうというわけです。自分が悪人になっても、自分が罪を犯してもいいということです。これはすごいですよね」

「9.子どもが遠くに行きますと、やっぱり心配なわけです。帰ってきてほっとするわけです。息子の顔を、娘の顔を見てほっとします。寝ても覚めても心配しています。親と言うのはそのようなものです」

 

ここで大麻先生の体験が語られました。

 

「私は大学に入るために東京に行くことになりましたけれども、丁度その時に姉も結婚しました。四人兄弟の内、二人が出て行くことになりまして、親父が急に寂しくなったみたいですね。それを見ていた母親が『そんなに心配だったら、一回東京に行って息子の顔を見に行ってやって下さい』と言いまして、下宿まで来たことがありました(苦笑)。親父は職人ですので、朝は5時ぐらいに起きて、夜は8時ぐらいに帰ってきます。昔は月に二回ぐらいしか休みがないですね。それも疲れていてほとんど寝ていますから、話す機会がないわけです。だから、「親父と私は関係ない!」と私は思っていたのです。

姉は近くに嫁いでいますけれども、私は東京ですから急に寂しくなって、親父は気落ちしたのです。それで憔悴して、母親に言われて東京に来たわけです。私はその時、「親父は来なくてもいいのに」と思ったのですけれども(苦笑)。でも、今振り返ってみて、『父母恩重経』を読み返してみると、『ああ、そうだった。そのような恩があったのだ』と感じました」

 

「10.この十番目はとても大事でして、これが親の有り難さですね。親が生きている間は、何かありますと子どもの苦しみを代わってやりたいと思い、親が死んだ後、つまり霊魂になったわけですけれども、自分の子どもの身を守りたい、守ってほしいということを願うわけです。これも親の思いですね」

(後半に続きます)

 *講師プロフィール

 大麻 豊(おおあさ ゆたか)氏。兵庫県生まれ。法政大学哲学科卒。1971年渡印。インド放浪。1972年日印サルボダヤ交友会青年部。1983年東方学院関西教室一期生。1988年インド文化センター担当理事(?2003年)現在:トラベル・ミトラ・ジャパン代表、(社)アジア協会アジア友の会理事、ヨーガ情報ステーション代表。講演:近畿大学文芸学部、追手門学院大学、大阪女学院短期大学、同志社国際中高校、龍谷大学経済学部、インド文化センター、インターナショナル・カレッジ・オーサカ、倉吉東ロータリークラブ、寝屋川国際婦人クラブ、醍醐寺など。著書:『インドをあるく本』文潮出版共著、月刊誌『少年育成』、月刊誌『アジア倶楽部』、経済情報月刊誌『イーグル』、仏教月刊誌『大法輪』、仏教新聞『中外日報』、医療月刊誌『ナースビーンズ』、ヨーガ情報月刊紙『ヨーガの森』など。

「ふうや瓦版」(NO.5)発行しました!

ふうや瓦版(No.5)はこちら

・ 7月内観懇話会「父母恩重経のインド」印象記

父母の恩重きこと 天の極まり無きが如し!」(大麻豊先生・トラベルミトラ)

・11月内観懇話会「信頼する力と見抜く力」(特別座談会)+体験発表会

    講師:本山陽一先生(白金台内観研修所所長、日本内観学会副理事)

・一日内観、宿泊内観、集中内観のお知らせ

お陰さまでまもなく定員です。ありがとうございます。

内観懇話会(10月) ヨーガ療法ワークショップ

「こころとからだへの気付き」

  講師 米澤 紗智江氏(ヨーガ療法士・音楽療法士)

 

  日 時 10月11日(月・祝)午前9時半より受付

  第1部 午前10時から12時  第2部 午後1時から3時

  会 場 ふうや内観研修所二階

  費 用 1,000円  定員10名程度

  昼 食(お好み焼きセット)二百円

  ご予約・お問合わせ 電 話:06-6323-7267 Fax:06-6325-8615 

             メール:info@fuya.jp

 

プログラム 

第1部【からだ編】 

  ★周囲の音を聞き、その時の自分の意識状態を味わう

  ★ヨーガが体に働きかける諸要素

  ・自律神経系への働き

  ・体と心のスピードの関連

  ・緊張と弛緩

  ・ホルモン分泌、免疫系への働きかけ

  ★意識の働かせ方(外側ではなく内側に)

  ・自動を手動へ、無意識から意識化へ

  ・なぜ、体に意識を向けると気持ちが落ち着くのか?

  ・今、ここに意識を向ける・客観的に見るということ

  ★からだへの気付き

  ・緊張している自分、無理している自分、がんばっている自分に気付く

  ・自分の癖や無意識のうちの行動に気付く

  ★からだからこころへ

  ・気付いてはじめて、コントロールができる

  ・ストレスを受けている自分を客観視する

  ・周りを変えるのではなく、自分が変わる

  ・ありのままをみる、ありのままを受け入れる

 

第2部【こころ編】

  ★ヨーガは心の科学である

  ・わかっているようで、実は謎のおおい心。

  その心をどうやって理解していくか・・・

  ★ヨーガの人間観における、心の探求法

  ・自分が何者かを知れば、他人を理解できる

  世界を理解することができる。内観と通じる

  1.自分の心の働かせ方の傾向を知るということ

  2.自分が周囲にどのような影響を及ぼしているか?

  (意識化の範囲の拡大)

  3.健全な判断基準に自分を照らし合わせる

  (自分の偏った判断基準の認知・修正)

 

◇講師プロフィール◇

 

米澤氏米澤 紗智江

(よねざわさちえ)

 

岡山県出身。認定音楽療法士(日本音楽療法学会)として公立病院に勤務後、日本ヨーガ療法学会の木村慧心理事長の許で伝統的(ラージャ)ヨーガ、ヨーガ療法を学ぶ。同会認定ヨーガ療法士。認定ヨーガ療法士会兵庫評議委員。日本統合医療学会認定療法士(ヨーガ) 。日本マタニティ・ヨーガ協会会員。マタニティ・ヨーガ指導者養成ベーシックコース修了。南北インド及びチベット・カイラスでのヨーガ集中修行会に参加。西宮市にてヨーガクラスラムラムを主催。米子内観研修所(面接者:木村秀子氏)にて二度、集中内観研修(7泊8日)を修了。

 一日内観のご案内 (費用 1,000円)   

日時 9月17日(金)21日(火)23日(木)24日(金)27日(月)

   28日(火)30日(木)

*時間は10:00より受付 10:30から17:00です。

*ご希望により時間帯を変更できますのでご相談下さい。

*昼食(お好み焼きセット)を300円でご用意出来ます。

 

集中内観のご案内6泊7日 5万円・宿泊費、食費、税込)

・9月26日(日)午後5時入所 10月2日(土)午前8時 退所

*集中内観開催中の宿泊内観(一泊・1万円)も可能です。

入所、退所時間は自由に設定していただけますのでお問合せください。

 内観懇話会(9月) 内観瞑想会

 

                日時:11日(土)午後2時半受付 午後3時から5時

                場所:内観研修所(現:大和内観研修所 JR郡山駅徒歩4分・近鉄郡山駅徒歩7分)

                費用:無料 ふうや内観研修所までお問合せ下さい(当日連絡OK)

              電話:06-6323-7267 メール:info@fuya.jp

 

        内観研修所 内観研修室の様子 

 

当日の瞑想のテーマ「内観による心身の調和」

 

 ・木村慧心先生『内観による心身の調和‐ストレスマネージメントの視点に立って‐』

(日本内観学会論文集 1998

 ・吉本伊信先生『商道と内観』(内観への道 1977

 

内観者(=スポーツ競技者)の心理構造

 

  内観という一週間の過程

=過去にあって自分に加えられたストレスに対して如何に対処(マネージメント)したかを考察する過程

=IPS(完璧な行為を為しうる状態・ゾーン)の心理状態を目指す方法

 

内観者の心理構造(=人生という競技に取り組んできた態度を理解する)

  逃げ(タンク)→怒り(アンガー)→過緊張(チョーク)→IPS(ゾーン)

 

1.逃げ(タンク)の内観者

  この種の内観者は、内観前の生活においても、他に責任を転嫁しつつ生きるような生活を送ってきたことが類推される

  →なぜ自らの行為の責任を取らねばならぬのか?をよく理解せねばならない

  →ストレスを強く受ける状況から逃げると却って自分に不利な状況が生じる

  →自分の行為から生じた結果を引き受ける生き方の方が、結果から逃げ回る生き方よりも、はるかに快適であることに気づかせる

 

2.怒り(アンガー)の内観者

  「このようなことをやっていて何の効果があるのか?」

  「反対に迷惑をかけられた事を調べてもよいではないか?」

  「こんな事は自分はいつでもしている」

  抗議の言葉によって面接者にその怒りがぶつけられてくる

  →ストレスマネージメントの分野では○(逃げの心理よりも良い)

   ...内観に取り組む意欲がはるかに強い故に怒りの言葉が発せられるから

  →深く掘り下げたい、何かの効果を得られたいけれども、

   上手に自己分析の心を自己のコントロール下で制御できないので苛立っている

  →面接者としては冷静であり続けるように努め、理性をよく働かせつつ、面接者の指導を信頼させるように努め、良き結果をと焦る内観者をゆっくりと導く必要。

  →内観前の日常生活の中に於いても、同様に自制心を欠いた判断を自分がしがちであったかどうか、よく自分を調べ続ける必要がある。

 

3.過緊張(チョーク)の内観者

  「もうこれ以上、自分の過去の姿を調べるのは苦しい」

  「一刻でも早く家に帰って両親に詫びたい」

  「犯した罪障を調べると、もう、居ても立ってもいられない」

  内観中に自然と食欲も減退し、過度の緊張のあまり頭も冴え冴えとして夜間に眠れなくなる。(自然に生じてきた断眠断食状態)

  →これは重要な試合に挑む直前にある競技者が、過度の緊張のあまりに食欲を感じなくなり、夜も眠れない状態になるのと同じ事である。

  →この過緊張の心理状態に入った競技者や内観者は自分がそうした心身共に不自由な状態にあってもそこから抜け出す事が出来ない。むしろ、その息詰まりの状態を自覚すればするほど緊張度は更に高まるばかりである。

  →その過度の緊張状態それ自体を恐れてしまい前二段階の状態に逆戻りすることで、こうした過緊張状態から脱出しようとするが、ストレスマネージメントでは×

     IPS直前の心理状態(逃げの心理× 怒りの心理×)

 

4.IPS(ゾーン)の内観者

 

 「行為の結果」に対する思いは消え失せていて、そこにあるのは唯、如何に行為を為し得るか、という「行為」それ自体に対する思いだけであり、「行為の結果」に対する思いだけである。(「人事を尽くしている」「結果への思いを放棄する」)

 内観という自分調べの方法をただひたすら行い続け、その調べの結果によって自分が如何なる評価を受けようとも、また、面接者にいかなる印象を与えるといったことなど、一切それらに拘泥しなくなる内観者の態度と言える。

 IPS状態にあり続ける内観者の場合も、自分が素晴らしく内観が出来ているとか、これでもう自分は悟りをえたといった、自分の状態に対する思いすら一切持ち合わせていないはずである。唯々、自らの言動を厳しく調べ続けているだけである。

内観の手引き

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「メニュー」から「手引き」に変更しました。内観の方法についての手引きということで、分かりやすく内観の方法を解説しています。PDFファイルも用意しておりますので、ご活用ください。

 

ようこそふうや内観研修所へ

 

 本日はふうや内観研修所ウェブサイトにお越しいただきまして、ありがとうございます。

まだ内観を体験されていない方もおられると思いますので、「内観の手引き」としまして、少しご紹介させていただきます。

 

 内観研修所の様子  屏風内の様子  内観面接の様子

    研修室の様子     屏風内の様子     内観面接の様子

 

 まず、所定の研修室に入ります。研修室の隅にはそれぞれ屏風が立てかけられており、中には座布団が敷かれています。どうぞ中に入り、座ってみてください。どのような形で座っても構いません。ご自分がリラックスできる姿勢でお願いします。

 

内観の方法

 

内観の方法のサムネール画像 内観の方法につきましては、まず対象となる方を選んでいただき、その方に対してのご自分を年代順に調べていただきます。内観ではまず、「母」に対するご自分を調べていただくことが原則になっておりますので、最初は「『小学校低学年のとき』の『母に対する自分』を調べていただきます。母に対して調べたくないという方はご遠慮なく申し出てください。

 それから、どのように調べるのかということですが、一つはその方に対してご自分が「お世話になったこと」、二つ目はその方に対してご自分が「して返したこと」、三つ目はその方に対してご自分が「迷惑をかけたこと」を調べていただきます。

 所定の時間(一時間程度です)が経ちましたら、面接者が面接にお伺いいたします。面接者は屏風の前で合掌し、お辞儀をいたします。それから、「お願いいたします」とお断りをしまして、屏風を開けさせていただきます。その際に、再び内観者の方に対して合掌し、お辞儀をいたしますので、宜しければ内観者の方も面接者に倣って、合掌、お辞儀をしていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。

 そして、面接者は「ただ今の時間、いつの時代、どなたに対するご自分をお調べいただけましたか」と質問させていただきます。そうしましたら、内観者の方は「ただ今の時間は、小学校低学年のときの、母に対する自分を調べてまいりました」と面接者に答えていただきます。それから、「お世話になったことは・・・。して返したことは・・・。ご迷惑をおかけしたことは・・・」と調べていただいたことを報告していただきます。面接時間は平均で五分程度です。調べていただいたことを全部、報告していただく必要はありません。調べても何もなかった場合は「何もありませんでした」とおっしゃっていただいて結構です。ご自分の話したいことを面接者に伝えてください。

 面接が終了いたしますと、面接者から「それでは次はどのようなことをお調べいただけますか」という質問があります。先の場合でしたら、今の時間は小学校低学年のときの母に対する自分を調べていただいたのですから、「次は小学校高学年のときの自分を調べます」とおっしゃってください。小学校高学年が終われば中学校、中学校が終われば高等学校と年代順に調べて行っていただきます。

 内観面接は認定内観面接者の所長(橋本俊之)が担当致します。

所長は、内観発祥の地・大和内観研修所での内観面接者研修を受けており内観に精通しています。また、対人援助職(教職・福祉)に従事している現場経験豊富な有資格者ですので、個人情報に対する守秘義務を遵守しております。こちらで行われた内容は決して外部に漏れることはありませんので安心してご参加下さい。

                         内観面接者認定証 

                           内観面接者認定証(第3号)

 

ご留意していただくこと

 

携帯電話の電源はお切り頂くか、マナーモードで願います。内観懇話会及び実習中は外部との連絡は控えていただき、集中して臨んでください。

内観面接は一時間に一度、面接者がお伺いさせていただきます。その際にお不明な点がありましたら、ご遠慮なく面接者にお尋ねください。なお、内観では内観面接だけが主な目的ではなく、屏風に籠って調べていただく時間がとても重要視されています。創始者である吉本伊信は「一分一秒を惜しんで内観してください」というのが口癖でした。せっかくの機会ですので、油断のないように、一所懸命内観に励んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

体調が優れない場合はスタッフに声をかけてください。

内観実習(内観懇話会)後は座談会を開催いたします。これは本日で得た体験を参加者の皆様と共有して整理したり、深めて行く機会であると思います。どうぞ本日の内観実習が消化不良にならないように、気付いたこと、ご不明な点、などをありましたら、ご遠慮なく申し出てくだされば有り難いと存じます。

 

それでは、どうぞよろしくお願い申し上げます。

ふうや内観研修所スタッフ一同

内観の手引き(PDF)はこちら 

※第三回内観セミナー「ヨーガと内観」(講師:木村慧心先生)はまだ定員に余裕があるようですので、ご希望の方はご参加ください。参加費の納入は開催直前の時期ですので、まずは大和まほろばの会事務局(電話:0743-52-2579)までお問合せ願います。

 

平成22年度 第三回内観セミナー  ヨーガと内観

「真我を悟る東洋の智慧」

 

 講師:木村 慧心先生(日本ヨーガ療法学会理事長)

 日時:平成22年9月12日(日)午前9時半から受付

 午前10時開始 午後4時終了予定

 場所:奈良県新公会堂会議室1,2

 (奈良公園内・近鉄奈良駅徒歩15分)詳しくはこちら

 定員:100名(定員になり次第、締め切らせていただきます)

                               参加申込書(PDF)こちら

                           

 

講演内容

 

 私の師、スワミ・ヨーゲシュワラナンダ大師様は、ラージャ・ヨーガ・アチャルヤ/阿闍梨として、真の自分/真我/アートマンを悟る秘法/アートマ・ビギヤーナを私たち直弟子に伝授してくださいました。本セミナーでも昨年に引き続いて、真我(アートマン)を悟る内観の手法を、日本の内観法を合わせてご指導致します。かつて、私の師はヒマラヤ山中で以下のように御講話なさっています。「あなた方が今いるこのカシミールの地は、私も1904年に真理を求めてやってきた土地でもあるのです。私は2人の導師に巡り会いました。一人はハタ・ヨーガの導師で、他の一人はラージャ・ヨーガの導師でした。私はこのカシミールの地で私のハタ・ヨーガの導師に出会いました。このハタ・ヨーガを行じることで、あなた方は百寿を全うできるのです。八部門のヨーガの内の、最初の5部門である禁戒(日本の内観法に同じ)、勧戒、アーサナ、プラーナーヤーマ、プラーティヤーハーラ(制感)はハタ・ヨーガ部門であり、残りの凝念/精神集中法/ダーラナ、静慮/禅那/ディヤーナ、三昧/サマディーはラージャ・ヨーガに属します。このハタ・ヨーガがヨーガ行者をして、ラージャ・ヨーガ修行の門へと導いてくれるのです」

 本セミナーでも真の我を見つける魂の旅を皆様方とご一緒させて頂きます。

 

 

講師:木村 慧心(きむらけいしん)先生

1947年群馬県前橋市に生まれる。
 1969年東京教育大学理学部卒業。

京都大学にて宗教哲学、

インドカイバルヤダーマ・ヨーガ大学にてヨーガ療法を学ぶ。

スワミ・ヨーゲシュワラナンダ大師に師事しラージャ・ヨーガ・アチャールヤとなる。

1975年米子内観研修所開設。1980年日本ヨーガ・ニケタン開設。

2003年日本ヨーガ療法学会設立。

現在、ヨーガ療法研究/普及活動に従事。

日本ヨーガ療法学会理事長。米子内観研修所所長。

 

参加方法

対 象    関心のある方ならどなたでも参加できます。

参加費    5,000円

*お弁当(1,000円・お茶付)ご注文の方は参加費と併せて納入願います。

申込方法   ゆうちょ銀行の払込取扱票に「ヨーガと内観参加申込」と明記して、参加費を納入して下さい。

【参加費納入口座】 ゆうちょ銀行 00900193885

(加入者名:大和まほろばの会)

申込予約は行っておりません。また、一旦納入いただいた参加費はどのような事情でも返還は致しかねますのでご注意願います。

午前9時半より受付開始となります。(午前10時開演)

実習のため、各自ヨーガマットまたはバスタオルをご持参ください。

参加費を納入いただいた方には8月上旬頃に葉書にて参加証をお送り致しますので、当日ご持参願います。(郵送不要の方は払込取扱票に「参加証郵送不要」と明記して下さい)

ご希望の方には修了証を発行しますので、払込取扱票に「修了証希望」と明記して下さい。

当日は午前9時より会場の設営に入ります。ご参加の方で少し早くご来場いただける方がいらっしゃいましたら、設営の準備のお手伝いをお願いしたいと思います。ご協力お願い申し上げます。

払込取扱票(ゆうちょ銀行)の記入方法は下記を参照して下さい。(講演+弁当申込の場合)

 

払込取扱票記入例参加申込書(PDF)こちら

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内観懇話会(9月) 日帰りツアー

内観の故郷を巡る

発祥の地で内観の歴史を学びませんか?

 

  吉本先生のお母さん 園芸学校時代の吉本先生 洞窟を見学する吉本先生  懇話会で談笑する吉本先生 

 

内観法の創始者である吉本伊信師は奈良県大和郡山市に生まれ、同地にて様々な体験と出会いに恵まれ、内観の普及を行っておられました。まさに大和郡山の地は内観にまつわる師の足跡の宝庫であり、「内観の故郷」です。当日は吉本伊信先生が深く感謝されていた聖徳太子ゆかりの世界遺産である法隆寺から風光明媚な山道を登りまして、修行をされた松尾山中にある洞窟に参ります。最後に内観発祥の地である内観研修所(現:大和内観研修所)を見学し、内観瞑想会を行います。

 内観を生んだ東洋の智恵の源泉であるインドの精神文化では「伝えて下さったお師匠様や先輩方のお陰で今日の自分がある」という先代の方々への感謝を大切にしております。内観の体験者の方や内観セミナー「ヨーガと内観」(9月12日)にご参加の方は、吉本伊信先生やその周囲の方々が伝えて下さったお陰で今日、内観を学ばせていただけるわけですので、先代の足跡を巡ることによりお礼参りになると思います。内観の歴史を学ぶことに加えまして、内観へのご恩返しの機会としてもご活用ください。

 

日時:11日(土)午前10時集合 午後5時解散

場所:法隆寺‐松尾山‐内観研修所(午後3時から5時 内観瞑想会)

参加費:1,500円(当日お支払いください)

スケジュール 

午前10時  法隆寺南大門前に集合。出発(徒歩)

   午前11時  松尾寺に到着。休憩。出発(徒歩)

午前11時半 松尾山中の洞窟に到着。見学、説明、休憩。

*時間により国見展望台へ。

   午後 1時半 松尾寺に到着。スタッフの車で郡山へ。

*時間により郡山城&お墓参りへ。

   午後 2時半 内観研修所(現:大和内観研修所)に到着。昼食、休憩。

   午後 3時  内観瞑想会(内観の歴史のご紹介と簡単な内観瞑想実習を行います)

   午後 5時  終了。現地解散。

 

 

日帰りツアーマップのサムネール画像 

     ◇内観瞑想会のみ参加出来ます

日時:9月11日(土)午後3時から午後5時終了予定

会場:大和内観研修所(JR郡山駅徒歩4分)二階会議室

費用:無料(午後2時半から受付 午後3時までの入所願います)

予約:ふうや内観研修所までお問い合わせください。

電話:06-6323-7267 Fax:06-6325-8615 e-mail:info@fuya.jp

 

 

内観懇話会(9月)

内観の故郷を巡る」を企画するにあたりまして

 

私は内観研修所にて約4年間、内観面接者の勉強をさせていただき、現在は日本ヨーガ療法学会理事長の木村慧心先生の許で伝統的なヨーガとヨーガ療法を学ばせて頂いております。

木村先生からはご自分のお師匠さんでありますスワミ・ヨーゲシュワラナンダ大師様を始めとするヨーガ行者の先輩方の足跡について、度々ご紹介いただき、五千年以上の伝統を持つヨーガの歴史を学ぶ機会をいただいております。それに比べまして、内観ではその創始者である吉本伊信先生やその先輩方の足跡に触れる機会が少ない印象がございました。今は内観をお伝えする仕事に関わらせていただいている私自身も内観の先輩方の足跡に触れる機会を全く作ろうとせずに、今日に至っている次第でございました。

本年の五月、木村先生がチベット・カイラス集中修行会に出発される際の出発式に参加させていただいた時に、「内観も何かツアーをされてみてはいかがですか?」というご意見をいただきまして、「それではこの機会に吉本伊信先生の足跡を歩いてみよう」と、本企画を思いついた次第です。ちょうど、9月12日(日)に木村先生にご足労いただきまして、奈良県新公会堂にて「ヨーガと内観」が開催されます。例年、全国のヨーガ療法関係の方にご参加いただきますので、この機会に内観の歴史にも触れていただければと思いました。

以上、偉そうなことを申しましたが、私自身もまだまだ勉強不足で、この機会を利用し先人の足跡を巡りまして、一から勉強させて頂きます。当日はどうぞよろしくお願い申し上げます。

最後になりますが、この企画のメインである松尾山の洞窟につきましては、「とても地図で教えるぐらいでは行けるものではない」とお忙しい中、わざわざ道案内していただき、丁寧に場所を教えて下さった吉本伊信先生の御子息でいらっしゃいます内観センター所長の吉本正信先生には本当にご足労おかけしました。ありがとうございました。

 

ふうや内観研修所

所長 橋本 俊之

 

 

内観懇話会(9月) 内観の故郷を巡る1

 

法隆寺南大門発心の地・法隆寺 妹の幼逝、母の求道による内観への発心

 

法隆寺中庭法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子こと厩戸王ゆかりの寺院。創建は推古天皇15年(607)。1993に「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録。

数え年四歳であった妹チエ子が、ふとした風邪がもとで、ツボミのまま幼逝しました。二歳余りの可愛盛り、全く目の中にいれても痛くない掌中の珠であったのを、わずか五日ほどの病で失ったのですから、母の嘆きは大変なものでした。妹は生前、よくお寺の鐘を聞いては「かあちゃん、お寺へ参ろうよ」とせがんだそうです。世帯盛りの忙しかった母は、お寺で説教があっても、父への遠慮気兼ねもあって、娘を連れて参れなかったことを大変悔み、思い出すたびに、「チエ子さん、かんにんしてや。かあちゃん悪かったなあ。かんにんしてや。かあちゃん悪かったなあ。かんにんしてや、連れて参るで」と泣きながらチエ子の写真を抱いてお参りを誓っていました。(中略)

母は法隆寺のお説教にも、亡児の写真を抱いて毎年通い続けたものでした。幼な子を諭すような御法話に夢中で、約五キロもある遠い道を、暑い炎天下にかかわらず、小走りに急いだ母の真剣な姿が思い出されます。

初めて母が法隆寺にお参りしたとき、講堂の前で「チエ子さん、お前をこれから毎日休まず連れて参るでえ、かんにんしてや」と号泣慟哭して地面にひれ伏したんだそうです。その堅い決心と誓いが、子を思う母の一念が、毎年百日間も休まずに通わせたんでしょう。(中略)

十七歳になった私は、母の勧めでお寺へ毎夜行って、お経を本格的に学ぶことになりました。

(吉本伊信『内観四十年』)

 

伊信先生の妹のチエ子さんという方が、風邪で、僅かな患いで亡くなられました。お母さんは40歳だったらしいのです。そのとき、お母さんは、一生懸命、道を求められるようになったらしいのです。チエ子さんの写真を懐に入れて、あそこ(大和郡山)は、法隆寺とか、東大寺とか、斑鳩の里ですから、そういうお寺がいっぱいあるのです。ただ、お寺には行かれたのですけど、眼が悪かったのですね。何か涙が出ない、いつも眼が乾燥する病気だったらしくて。お母さんは自分が読めないので、伊信先生にお寺からもらってきた刷りものを読んでもらったようです。そういう役を伊信先生がしておられたらしいです。小学校2、3年の頃は、「正信念仏偈」を全部暗誦するくらいになっておられたらしいのです。だから、お母さんの眼が悪かったっていうことが、そういうふうな結果をもたらすこともあるわけですね。

この方(妹・チエ子さん)が亡くなられたっていうことがきっかけで、お母さんが法を求めるようになられたのです。だから本当に、悲しみがそういうふうに命に生かされて、内観を生み出す元にもなっているというのは、世の中というのは複雑で、よく出来ていると思います。

(長島正博『吉本先生ご夫妻を語る』)

 

法隆寺から松尾寺の過程法隆寺から松尾寺の道中(約3キロ)

 

内観懇話会(9月) 内観の故郷を巡る2

 

松尾山から見た大和郡山修行の地・松尾山 真我の悟りを求めて、独悟の地へ

 

 

吉本伊信師が籠った洞窟天武天皇の皇子舎人親王が、養老2年(718年)に厄除けと日本書紀編纂の完成を祈願して建立したと伝わる日本最古の厄除け寺の松尾寺が付近にある。

お師匠さんは厳然と「可哀そうになあ、あなたはもう絶対に救われませんよ」この一言にガクゼンとして『なぜですか?』「仏教の本を読んだ上に読み、聞いた上にも聞き、またその上に大きな、最も恐ろしい毒を呑んでいるから、どうにもなりません」『なんとかして助けて頂けませんか?』「吉野の大峯山か大台が原の山奥で、せめて十日でも坐って、物言わん岩に物言わせて帰ったら、ひょっとすると助かる見込みが立つかもしれんけど、あんたは賢すぎるからいけませんわ」ビクビクッとこぶしを握りしめながら、うめき声で誓いました。『ようし、命をかけて行って来ます!』(中略)

昔、マンガンを試掘した洞穴で、花祭りのときに山遊びに行き、入ってみたこともあり、所在地もおおよそ覚えているつもりでしたが見つかりません。たしかにこの辺だったがと探しても、中々発見できず・・・(中略)そのうちに日はとっぷり暮れて、どうにもならず、ついに左側の中腹に法座を定めて坐りました。

夜がふけてくると、周囲はしんとして静寂に包まれ、凍る大気を動かして松風の音が時々ゴーット起こり、そして法隆寺と大和小泉の間を走る関西本線の汽車が鳴らす汽笛の音が響いてきます。幸いにして雨も雪も降らず、天には星がきらめいていました。定めた法座に坐っていると、穏やかで豊かなにぎわいもあって、ちっとも寂しくないんです。不思議でした。

穴の中に入りますと、入口から二メートルまでは立って歩けますが、四メートル先では頭が天井につかえるほど低く、そのまま右に曲がって三メートルほど行くと、少し坂になった室のような所があるので、土を平らにして法座を定め、坐りこみました。うすぼんやりと差し込む日の光で、昼と夜の区別はつきます。

 夜中に眠気に襲われていると、バタバタと突然、天井を羽ばたきするコウモリの音に眼を覚まされたこともありました。私の求道を念じる義母の祈りが、コウモリに姿を借りて励ましに来てくださったのではないかと思い、また元気を出して身調べ(内観)に励みました。

(吉本伊信『内観四十年』)

 

内観は吉本先生が独創的に作られたのではなくて、吉本先生のお師匠さん(駒谷諦信)から身調べという方法を受け継がれて、そこから宗教色を取り除いて、内観という方法に改められたのです。このお師匠さんとの出会いがすごく重要だと思うのです。先ほど、「一念に遇う」という言葉が出てきましたけども、禅で言えば「悟りを開く」ということに当たるわけでして、「自分の本心に目覚める」ことを言います。でも、このお師匠さんが「それじゃあアカン!」ということを言い出されたのです。

最初に吉本先生が身調べされたときは、うまくいかなくて、当時は飲まず食わず寝ずでしたから、とにかく大変だったのです。そういう条件を満たす人でないと、入門を許されなかった。松尾山というところに洞窟があるのですが、伊信先生は家に遺書を残して、洞窟に籠もって内観されたわけです。               

(長島正博『吉本先生ご夫妻を語る』)

 

 

松尾山の道中(松尾寺から矢田寺)松尾山の道中(松尾寺から矢田寺)

 

内観懇話会(9月) 内観の故郷を巡る3

 

内観発祥の地・内観研修所菩提の地・内観研修所

内観研修所の様子(大和内観研修所)のサムネール画像 

奈良市や片桐町からも多くの内観者が来て下さいました。途中お米を背にして駅で巡査にとがめられた人が、「内観研修所へ内観をさせて頂くために持ってきた自分の食べる米です」と答えたら、その巡査は、「あそこなら僕も知っております。どうぞ早く行って修養してきなさい」と無事に通して下さったとか、また公園で寝ていたら知らない人から内観の話をききましたのでと、訪ねて来られることもありました。

ボロボロによごれたルンペン姿で内観に来られ、一週間お世話し、真面目に更生して頂いた方も何名かおられます。逆に、同じ世話をしても、温情に馴れて無心を常習とし、ついに脅迫めいた捨てぜりふを残して離れて行った人も何名かおられた。これは全く私の不徳のいたすところと恥じ入っております。世の中にそうした人のいかに溢れているかを知るにつけても、私は一日も早く、一人でも多くの人に内観を伝え、少年のころから抱き続けてきた夢を果たしたいと思いました。

後年、奉仕の生活に入ったとき、未知の人々は私をえたいの知れない怪物かそれとも何か為にせんとする目的が別にあってのことか?と疑われたことも一再ではありませんが、少年時代、母の感化を受けたころからの三十年の宿願であって、決して一時的思いつきや偶然の成行きではなかったのであります。                              

(吉本伊信『内観四十年』)

 

伊信先生は身体が弱かったのです。昔、結核は死の病だったのです。なぜ結核になられたかというのは、商売も年中無休で、盆も正月もなく、やっておられたのです。それは内観を普及する資金を早く貯めて、「一日でも早く内観普及専門になりたい!」という思いで、やっておられたのです。従業員は交代で休みを取っていたみたいですけど、先生は盆も、正月もないのです。今でこそ、スーパーは元旦でもやってますけど、昔はみんな、三が日全部休んでいた時代に、そんなふうにやっておられました。「ホウキで掃いて、馬に食わせるほど儲かったときもある」とおっしゃって。(笑)そういうふうにして昼も夜も過ごして、仕事が終わったあと、内観の面接に各村(この頃、内観面接は事前に予約する形だった)をまわっておられました。自分が出張して行って、面接しておられたのです。

あるとき、雨に打たれて、体力が弱っているところに、ある寺の結核に罹ったお嬢さんが、リヤカーか、荷車に乗せられて、内観に来られたのだそうです。当時、内観研修所は無料だったのです。それで「内観したいけど、一週間も仕事を休んだら自分が生活していけない」という人があれば、その人の日当とか、交通費まで出して、内観に来てもらったのです。私のところは今、研修費もらっているので、本当に恥ずかしくて、比較できないのですけども。(苦笑)それで、結核に感染されたわけです。だけども、別に自分が結核に感染されたということを全然恨んでおられませんでした。「結核のおかげで、商売の世界から足を洗うことができた!」と、逆に結核に感謝しておられました。

(長島正博『吉本先生ご夫妻を語る』)