-内観懇話会・特別講演会(7月)印象記-
大麻豊先生(トラベルミトラジャパン)「父母恩重経のインド」前半
父母の恩重きこと 天の極まり無きが如し!
7月25日(日)真夏の猛暑の中、内観懇話会では初めての講演会を行いました。今回は渡印200回以上というインドオブザインドのトラベルミトラジャパンの大麻豊先生にお越しいただきました。(*前半と後半の二部に分けてご紹介します)
最初に講師の方からこの講演会を開催するきっかけをご説明いただきました。
「某内観研修所の某指導者の方からお話をいただきました。近くにいる人なのですけれどもね(笑)その方は次のように仰っていました。
『今は若い人を中心に「自立」とか「一人で生きる」とかの価値観が高まっているものの、その内容は乏しいのではないか?という感じがします。内観の指導をしていると「私、親に迷惑なんてかけていません!」と露骨に言う人は少ないですが、あんまり感じていないというか、感じ方が分からないのかな?ということがしばしばです。内観に入る前に、「自分がいかに親不孝者であったか」を探ってみる作業が必要でして、それが結果的に自分がとらわれているものからの解放につながっていくように思います』
ということで今回のお話をいただいたわけです。内観ですので、内観にふさわしいお話をさせていただければなと思い、かつインドに関わりがないといけませんので、『父母恩重経のインド』というテーマで今日はお話させていただきます」
●『父母恩重経』とは?
「『父母恩重経』は『父母』ですね。これは『ぶも』と読みますが、父母の恩は重いですよ、というお経なのです。お経というのは大体、インドで出来たものです。お釈迦さんが説かれたものを色々と解釈して物語風に書かれたもので、大乗仏教で作られたものです。この『父母恩重経』は中国で作られたものではないか?という説があります。私も多分、中国で作られたものであると思います。しかし、このお経の中に説かれている教えは、インドも中国も日本もあまり関係がない共通したものだと思いますし、ここに流れている精神はインドでも通用するものだと思います」
それから参加者の皆様と共に『父母恩重経』を読み合わせ、大麻さんの説明が随所に入ります。
「男女は、お父さんには慈恩があり、お母さんには悲恩があるわけです。なぜならば、皆さんが生まれたのは、過去の行為を原因として(宿業)色々な世間の条件、過去の行為、結果として、お父さんとお母さんが出会って、我々が生まれたのです。だから、お父さんがいなかったら生まれなかった、お母さんがいなかったら育ちはしなかった、ということになりますね。お父さんの精子を受けて、その形をお母さんが受胎するわけです。お父さんとお母さんが偶然と言いますか、とにかく出会いまして、自分が生まれるということは、世間のどこにでもあるということはないわけです。同じことが起こるということはないわけです」
●出産から誕生
「受胎してから10カ月間、歩いたり座ってたりする時でも、お母さんはいたく苦しみを受けるわけですね。お腹が大きければ歩くのは辛いし、色々な苦悩が出てくるわけです。そして妊娠中は好きな食べ物とか、衣服を求めるという感情が生じることがないわけです。十月十日経ったらいよいよ出産なわけですけれども、その時は関節とか色々なところが痛くなりますし、脂汗が出てきますし、その苦しみというのは耐えがたいわけです。それを見ている旦那さんも、自分は産まないのですけれども、自分の妻がそのように苦しんでいるのを見て、出産というのを重く感じるわけです。そして、そのお母さんと産まれてくる子どもを心配するわけです。それはお父さん、お母さんだけではなくて、周りにいる人達も悉く心配しているわけです」
●育児の困難
「赤ちゃんはお母さんの懐に潜り込むと安心していることが出来ます。膝の上で遊ぶことも出来ますし、食べ物というのはお母さんのお乳なわけですね。何か食べ物が欲しい時はお母さんに食べさせてもらいます。飲む時もそうですね。寒い時もお母さんに着せてもらいます。『お母さんじゃなければ嫌だ!』というのはよくありますね。お母さんにしてもらうとちゃんと着られますが、他の人が着せようとすると『嫌だ!嫌だ!』と駄々をこねるわけです。また、お母さんでなければ脱がないわけです。そして、母親というのは飢えている時でも子どもに乳を飲ませる、ということが書かれています。『母にあらざれば育てられず』とありますが、その通りですね。お母さんだからなんですね」
●共働きの苦労
「私が生まれたのは但馬地方でして、元々、杜氏の村だったのですね。杜氏というのは酒を造る職人です。冬の間は杜氏(酒造り)に出かけるのです。ところが私の親父というのは酒が飲めなかったのです。(笑)だから、他の出稼ぎに行ったわけです。戦前は大阪に働きに出たのですけれども、母親と姉は戦災がありましたから村に帰ったのです。村から出てしまっているわけですので、自分達の田畑というのはないのです。そうしますと、母親はどこか他人の畑の手伝いに行くわけです。子どもが小さいから母親は心配です。子どもはお母さんがいないわけですから、『お母さんが手伝わされている!』って駄々をこねるわけです。最近は保育園がありますから、そのようなことはないかもしれませんけれどもね。やっぱりお母さんは子どもが心配ですし、お母さんが帰って来るということになると、子どもはそれを見て飛んで行くということがありますね」
●幼児保育の苦労
「村にいますと集会がありますし、葬式も結婚式もあるわけです。そこにお父さんとお母さんが出て行きますと御馳走が出てくるわけです。そうすると、『うちで子どもが待っているかもしれない』と思って、残して少しでも持って帰ろうとするわけです。しかし、十回の内で一回ぐらいはやっぱり持って帰らないこともあるわけです。子どもは駄々をこねます。『食べたかったのに!』と父母を責める。よく考えてみますと、皆さんも体験されたかもしれませんね。内観をすれば必ず、出てくると思います。忘れたけれども、実際に思い返すとこのようなことをしているわけですね。お母さんに駄々をこねます。『なんで今日は美味しい物を持って帰ってきてくれなかったの!』とね」
●少年期の育て方
「ある程度成長してきますと、友達と遊ぶようになるわけですね。そうなるとお父さんとお母さんはまともなものを着せようとして、散髪をして体裁を整えて、きちんとした服を着せるわけです。自分は着ないで、新しいものは子どもに着せて、お父さんとお母さんは古いものを着ます。皆さんもそのような育て方をされてきたのではないでしょうか?すっかり忘れていますけれどもね」
●新婚期の薄くなる親子関係
「妻を娶ったら、お父さんとお母さんを疎遠にしてしまいます。夫婦は仲が良くて、二人で自室に籠って語り合いますけれども、両親とは接する機会がなくなってしまいます。むしろ、避けるようになってしまいます。そのようなことはないですか?これは今でもそうですね。夫婦ですから仲良くするのはいいことかもしれません。しかし、親の方から見ればどうなのでしょうか?」
●老齢期のわびしさ
「年を取ってきますと、力が衰えてくるわけです。そうしますと、自分では歩けなくなったり、病気をしたりするわけです。そうなりますと、誰を頼りにしたらいいのか?と言いますと、我が子しかいないわけです。我が子又は我が子の妻になるわけですね。しかし、夫婦共に朝から晩まで一度も来てくれません。会いに来てくれないわけです。これは昔もそうですし、今もそうですね。段々とお父さん、お母さんの侘しさが募ってきます」
●一人身の孤独感
「お父さんとお母さんのどちらかが先立ってしまいます。そうしますと、今まで夫婦で寝ていた所に一人でポツンといることになります。自分の家なのですけれども、旅をしている人が旅館に泊まるような、何となく味気ないものになってしまうわけです。しかし、隣の部屋では息子夫婦が談笑しています。自分にはそのようなことはありません。布団に入りますと、冷たく感じます。身体が段々と動かなくなってきますと、ノミやシラミというものがわいてくるわけです。布団も干せなくなりますから。朝方まで眠れなくなってしまいます。そうしますと、幾度か寝返りをしまして、独り言を言うわけです。『何で、私がこんな目にあわなくてはならないのか...』孤独を感じるわけですね」
●老親いじめ
「年老いた親をいじめることになるわけですね。何か用事がありまして、『息子よ!来ておくれ!』と言って呼びますと、息子が飛んで来て、怒るわけです。そして、息子の嫁も、孫も共に『おじいちゃん、何やっているの!』『おばあちゃん、うるさいな!』と言うのです。息子と妻が一緒になって親をいじめるのです。そして、何回か呼べば来るのですけが、『何なにをしてほしい』と頼みますと『うるさいな!何で俺がしないといけないんだ!』というのです。これは『年を取って生きているよりも、早く死ね!』と息子が言うのと同じですね。『親なんか早く死んだ方がいい』ということを言う子どももいるわけです」
●老親の嘆き
「『早く死ね!』と言われて、それを聞きますと親は嘆くわけです。子に対して怨念を持つわけです。涙が止まらないわけですね。目がくらんで、心惑って、悲しくて仕方がないわけですね。『お前は私がいなかったら誰が養ったのだ...。私がいなかったら誰が育てたのだ...。昔を顧みず、こんなことを言うのか。私はお前を産まなければ良かった』ということです。老親の嘆きです。これは今でも身近にあるかも分かりませんね」
一人身の孤独感、老親いじめ、嘆きと、現代社会でもたくさん起こっているような話が続いていきます。このような子どもはどうなるのでしょうか。お釈迦さんはどのように説かれているのでしょうか。
●人心から堕ちる子
「もし皆さんの中に、お父さんとお母さんに対してこのような言葉をいったとしたら、それは地獄に堕ちるわけです。地獄、餓鬼、畜生に堕ちるわけですね。この世界は仏教の中では何か別の世界が在るわけではありません。私達の心の中に在るわけです。お父さんとお母さんにそのような言葉を発していれば、その人は既に地獄に堕ちているわけです。餓鬼、畜生になっているわけでして、人間ではないわけです。そのような人間を仏様も神様も仙人も救いませんね。父と母の恩と言いますのは、天の極まりがないのと同じ無限のものであるということです」
●父母から授けられた十の温情
一には懐胎守護の恩
二には臨床受苦の恩
三には生子忘憂の恩
四には乳哺養育の恩
五には廻乾就湿の恩
六には洗灌不浄の恩
七には嚥苦吐甘の恩
八には為造悪業の恩
九には遠行憶念の恩
十には究竟憐愍の恩
「次に『父母から授けられた十の温情』とあります。『善男子、善女人、別けて之を説けば、父母に十種の恩徳あり、何かを十種となす』これは、お父さんとお母さんから受けた恩というものは、十種ありますということを仏様が仰るわけです」
「1.妊娠して生まれるまでにどれほど苦労しているか?十月十日のお母さんの大変さと、それを心配しているお父さんの大変さです」
「2.出産する時の苦しみですね。子どもを産むということは大変なことでして、身体も痛くなりますし、心配ですし、場合によっては亡くなってしまうこともありますね。出産というのはそれぐらい大事なことですね」
「3.子どもが産まれると苦しみが無くなってしまう、苦しいのを忘れてしまうわけです」
「4.お母さんの顔が花のような奇麗な顔をしておられるのに、子どもを産むとお乳も必要だし、肌も荒れてきます。我が身を削って育てるわけですから、容姿も崩れていくというわけですね」
「5.子どもを育てる時に湿ったところに赤ちゃんを置かずに、乾いたところに置くわけです。自分は湿ったところで横になるということです。それぐらい子どもを育てるのに注意を払っているのです」
「6.赤ちゃんは自分でトイレに行くことは出来ませんので便をしてしまいます。服を着ているのにお漏らしをしてしまうわけです。母親というのはそれを奇麗にして、臭いが無いようにしているのです」
「7.食べるものは毒なのかどうか分かりませんので、一旦口に含んで、甘かったら子どもにあげて、苦かったら自分で飲み込んでしいます。赤ちゃんに悪いものは与えないということです」
「8.子どもの為だったら、子どもを守るためだったら、罪でも犯してしまうというわけです。自分が悪人になっても、自分が罪を犯してもいいということです。これはすごいですよね」
「9.子どもが遠くに行きますと、やっぱり心配なわけです。帰ってきてほっとするわけです。息子の顔を、娘の顔を見てほっとします。寝ても覚めても心配しています。親と言うのはそのようなものです」
ここで大麻先生の体験が語られました。
「私は大学に入るために東京に行くことになりましたけれども、丁度その時に姉も結婚しました。四人兄弟の内、二人が出て行くことになりまして、親父が急に寂しくなったみたいですね。それを見ていた母親が『そんなに心配だったら、一回東京に行って息子の顔を見に行ってやって下さい』と言いまして、下宿まで来たことがありました(苦笑)。親父は職人ですので、朝は5時ぐらいに起きて、夜は8時ぐらいに帰ってきます。昔は月に二回ぐらいしか休みがないですね。それも疲れていてほとんど寝ていますから、話す機会がないわけです。だから、「親父と私は関係ない!」と私は思っていたのです。
姉は近くに嫁いでいますけれども、私は東京ですから急に寂しくなって、親父は気落ちしたのです。それで憔悴して、母親に言われて東京に来たわけです。私はその時、「親父は来なくてもいいのに」と思ったのですけれども(苦笑)。でも、今振り返ってみて、『父母恩重経』を読み返してみると、『ああ、そうだった。そのような恩があったのだ』と感じました」
「10.この十番目はとても大事でして、これが親の有り難さですね。親が生きている間は、何かありますと子どもの苦しみを代わってやりたいと思い、親が死んだ後、つまり霊魂になったわけですけれども、自分の子どもの身を守りたい、守ってほしいということを願うわけです。これも親の思いですね」
(後半に続きます)
*講師プロフィール
大麻 豊(おおあさ ゆたか)氏。兵庫県生まれ。法政大学哲学科卒。1971年渡印。インド放浪。1972年日印サルボダヤ交友会青年部。1983年東方学院関西教室一期生。1988年インド文化センター担当理事(?2003年)現在:トラベル・ミトラ・ジャパン代表、(社)アジア協会アジア友の会理事、ヨーガ情報ステーション代表。講演:近畿大学文芸学部、追手門学院大学、大阪女学院短期大学、同志社国際中高校、龍谷大学経済学部、インド文化センター、インターナショナル・カレッジ・オーサカ、倉吉東ロータリークラブ、寝屋川国際婦人クラブ、醍醐寺など。著書:『インドをあるく本』文潮出版共著、月刊誌『少年育成』、月刊誌『アジア倶楽部』、経済情報月刊誌『イーグル』、仏教月刊誌『大法輪』、仏教新聞『中外日報』、医療月刊誌『ナースビーンズ』、ヨーガ情報月刊紙『ヨーガの森』など。
米澤
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