いつもお世話になっております。ふうや内観研修所の橋本です。

9月もあと10日程になり、とても涼しくなってきました。もう秋ですね。過ごしやすい季節になってきました。

先週の三連休は台風の本州縦断によりあまり活動できなかった方も多かったのではないでしょうか。

台風のシーズンはもうしばらく続くようですので皆様お気を付けてお過ごしください。

さて、今回は少し話題提供させていただきます。

台風一過の三連休の最終日に、京都大学百周年時計台記念館に「第1回国際シンポジウム」を聴講してきました。

京都大学は行ったことがあるのですけれども、有名な時計台がある「京大正門」を通ったことがなかったので、初めて行きましてドキドキしました。

写真を撮影しているとミーハーな観光客と思われそうでしたが、結局写真を撮ってきてしまいました(笑)。

大阪から阪急電車で四条河原町駅より市バスに乗りました。河原町、祇園周辺は外国人観光客で賑わっておりましたが、祇園を過ぎますと急に車と人の通りが少なくなりました。

1時間ぐらいで到着して、案外京大って近いんだな、大阪からでも全然通えるなって思いました。

シンポジウムのテーマは「こころと共生」でした。

すごい豪華な会場で、海外からの招待講師もたくさんおられて、赤外線同時通訳レシーバーが無料で貸し出されていて、それで無料!

大手の財団からの寄付のようですが、思わず「力あるねえー」と感動してしまいました(笑)。

さて内容ですが、シンポジストの一人である相愛大学の釈先生の講演がとても分かり易かったので少しご紹介します。

テーマは「信仰の共生」でした。色々な信仰と宗教を持つ人々が対話する「宗教間対話」の問題について、近年は「個別主義」が注目されているようです。

個別主義とは、思想や内面の相違をそのままにして対話すること、ですね。個別主義による宗教間対話については、草の根的なレベルでの対話する活動が取り組まれている現状があるようです。

でも、草の根的な対話というのは地味でしかも効果がすぐに得られない方法ですから、一方で「原理主義的(ファンダメンタリズム)」が起こり、宗教間対話を批判する強力な力となりうるようです。

次に、信仰と社会についてです。「社会におさまらないところに宗教の本質がある」という一方で、「宗教は社会がないと成立しない」という部分があるようです。

つまり、宗教はいつも社会ときちんと対話する能力を高めないといけません。安易に反社会的なもの=宗教という図式ではなく、宗教は社会というテーブルにいつも座り続けないといけないようです。

最後に他者との呼応についてです。釈先生から「相手に対して理解や共感がなくても、他者に対して敬意を持つことは出来るのではないか?」との提案がありました。

つまり「理解や共感の上に対話を構築しようとすれば、どうしても相入れない部分の輪郭が明瞭になってくる。それをなんとか解決しようとすれば、よけいに具合の悪い理屈が生まれる」ということです。

ここに「対話」ではなく「儀礼」がもつ能力に可能性があるとのことでした。

この部分を内観的に考えてみましょう。

例えば夫婦喧嘩が絶えずに関係が悪化して修復不可能になり、離婚することを決意した女性が内観に来たとします。

既に「対話」は成り立たず理解と共感も難しいですね。

それで一週間、問題である夫に対してではなく(最終的には考えるかもしれませんが)自分の母親、父親に対しての自分を幼少期から現在まで調べて行きます。

内観のこの過程を一つの「儀礼」と考えると、その「儀礼」を通して一週間の内観が終了したこの女性は、すっかり夫に対しての不満等が無くなっている場合があります。

自分のお母さんやお父さんに対する自分を考えただけですから、その時点では夫に対しての直接の理解や共感が生じていないはずなのに、夫に対しての敬意が生じている場合があります。

時間があればそこから夫に対しての内観が続いていきます。

つまり、敬意が生じてから理解や共感が生まれてくるわけです。このように考えると、当たり前かもしれませんが内観には「儀礼」的な力があると考えられます。

最後に釈先生から、宗教間対話とは「草の根的な活動が本質である。誰かが仲介役として登場して、啓蒙活動を行い、手際よく問題を解決するというものではない。そして、草の根的な取り組みの歩みは微小なものである。大きな対立抗争が起これば、吹き飛んでしまうような微力なものでもある。しかし、この道しかない」という言葉がありました。

「対話」とは、骨の折れる仕事であるが、この他に道はないということですね。

我々も、内観に関心を持つ方の集まりという「自己発見の会」を今年2月から再開して、ネットを中心にコツコツと活動して、コツコツと会員の方もお陰様で増えてきております。

これからは会の皆様方と共にコツコツと内観のコミュニティを少しずつ作っていければいいなあと、今回のシンポジウムを受けてみて感じました。

とても有意義なシンポジウムに参加させていただき、釈先生やその他の講師の先生、スタッフの皆様に感謝申し上げます。

長文になり失礼いたしました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

※参考までに京都こころ会議のURLは次の通りです↓

http://kokoro.kyoto-u.ac.jp/jp/KyotoKokoroInitiative/index.php